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第37回 Actor, Daniel・Day-Lewisに - PHANTOM THREADに寄せて つづき 菩提寺光世

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「たとえばギリシア語のarcheinというのは「始める」、「導く」そして最後に「支配する」という意味がある。」
ハンナ・アーレント「人間の条件」

その数ヶ月前にステファノから電話がかかり「ダニエルが弟子入りする」と伝えられ、「ほら吹きステファノ」と私は取り合わなかった。本当のことと知ったのは、私が靴のあれこれとイタリア語を学ぶためのフィレンツェ滞在初日のことだった。空港に迎えにきてくれたステファノから、語学校の手続きはさて置き工房に行こう、と急かされ直行した。いたずら好きのステファノが早く私の驚く顔を見たいと、ダニエルと示し合わせていたのだ。それからの滞在中ほぼ毎日顔を合わせた私たちは、映画、靴、服の話、それに互いの話をするようになっていった。ステファノの靴の磨き方は毛足の長い大きなブラシで瓶から直接ごっそりクリームを取って、目にも止まらぬ早さでブラシを左右上下に振って仕上げて行く。誰にも真似できないはやわざだった。もう一つのやり方は、ウエスを指にくるりと巻き付け、薄くクリームを取りながら靴のラインに沿って小さな円を描きながら磨き込んで行く。当時の一番弟子ドイツ人のサスキアやダニエルは後者だった。ダニエルはこの時、指のひらで革の目を感じながら、それに合わせて磨くのだと教えてくれた。「ファントム・スレッド」で彼が披露したそのやり方である。
私は雨の日用の靴をダニエルに作ってもらった。ステファノの粋な計らいで、ダニエル初のクライアントになったわけである。初めはステファノがスエードを提案したことが意外だった。ステファノは「スエードの手入れは簡単。ブラシや消しゴムを使えばいい。それでもダメなら、ざぶんと水洗いすれば良いから、雨の日にも問題ない」と言ったけれど、手入れの自信がなくやめた。結局は頑丈なバスケットボールレザーにし、色は黒と決めていた。出来上がった靴は皆の前で試し履きをし披露した。靴がその場にいたスタッフらの手に次々と回され、急遽店はダニエルの納品第1作目の品評会会場に早変わりだ。「ライニングの色」、「赤でしょ」、「タナー・クロール、イギリス人のフェチシズム」ダニエルがおどけて皆が笑った。
映画のなかのダニエルは、限りなく黒に近い濃紺のスーツパンツから覗くシルクホーズにピンクを選んだ。黒に赤、濃紺にピンク、ダニエルらしい選択だ、とあの日の「イギリス人のフェチシズム」と笑った彼を思った。彼が未だステファノのクライアントのひとりであった頃、ロシアンカーフに枯れたオリーブ色のライニングの組み合わせで注文したと言っていた。ちょうどその頃出来上がった夫のロシアンカーフとオリーブ色のライニングの配色を見て、同じ配色で欲しいと思ったのだと言う。ところが出来上がったのはナチュラルカラーのライニングだった。ライニングカラーが選べるようになったきっかけは、実は夫のアイディアで、夫のリクエストによってはじめてステファノの靴はライニングの色を選べるようになったのだ。それまでは一様にヌメ革のライニングだったから、ステファノがうっかり間違えて今まで通りで作ってしまったのである。希少なロシアンカーフの作り直しなど考えられない。ダニエルは夫のロシアンカーフのライニングを見て「嫉妬する」と笑った。
アルマを車へとエスコートするカントリーの舗装されていない水たまりの道でツイードのコートに身を包んだ映画のダニエルは、焦げ茶のスエードのチャッカーかセミブローグを履いていたように見えた。いずれにしろスエードだった。映画のなかの彼の服装は、特別な日のホーズから靴、カントリーシーンや日常で寛ぐセーターと言ったカジュアルな装いまで私に教えてくれた通りの振る舞いと着こなしだった。
フォーマルとは何か、相手に礼を尽くすとはどういうことか、とそれはどのような身支度かを彼は作業場で私に教えてくれた。彼は私の質問のひとつひとつに丁寧に応えてくれ、その後必ずといって良いほど私の考えを訊ねた。「光世はどう思う?」「日本ではどう?」という具合に。フォーマルをどのように考えるか。身だしなみを整えるとはどのようなことなのか。彼の話を聞いているうちに、単に表面的な決まりごととしての欧米のマナーやドレスコードにしか気に留めることがなかった私は気付かされることが多かった。日本に置き換えて考えてみればすぐに分かりそうな話である。なぜこのような服、靴を選ぶのか。着物も帯もその結び方に至るまで、肝心なことは理由に心を配ることだろう。
あの映画で彼は俳優としてのみならず、時代背景や服装、靴に至るまで、おそらくはドラマツルギー的にも重要な制作側の役割を果たしたのだろうと思う。プロダクションノートに彼はチャールズ・ジェームス、クリスチャン・ディオール、アレキサンダー・マックイーンまで周到にリサーチしたと書いてあったが、それだけに留まらず、彼が着ていた上質なセーターや階段を駆け上がるお針子たちのパンプスまで目を引くものだった。彼女たちのヒールの形まで時代考察されたものであることは当然ではあるけれど、スクリーンを見るだけでは不明だが、おそらくはマッケイ製法の婦人靴だという印象を受けた。たとえセメントのパンプスであったとしても、サイズは調整されていた。それらは階段を上る際ソールにかかる大きなわん曲と負荷に耐え、踵を外すことも、大きな空きを作ることもなく踵に沿って覆っていた。皆が同様に黒のパンプスを履いていたが、ヒールの形状などに変化があるのは彼女のたちのキャリアに関係する配慮だったのだろうか。またお針子に至るまである程度の手入れが保たれていたのは、店の主人の仕事に対するある種厳しさを反映させる演出であったかもしれない。

その頃、私たちはサルトリア、ロリス・ヴェストルッチ(Loris Vestrucci)にスーツを作ってもらった。私たちというのは、ダニエル、ステファノ、シャツ職人のレオナルド(Leonardo Bugelli)夫と私である。喧噪離れた街の外れにひっそりと佇むアパルトメントにロリスが客を迎える一室があった。店は構えず、看板や外から目印になるものは一切無く、招かれた人だけに扉は開けられた。彼が採寸しパターンを作り、仮縫いが終わるとお針子さんらの手が加わり仕上げられた。彼は既に決して若くはない年齢だったにもかかわらず、私たちの限られたフィレンツェ滞在期間に合わせ仮縫いの徹夜作業をしてくれた事も一度や二度ではなかった。友人の何人かを彼に紹介したが、最も眼を見張るのはロリスのスーツを着た誰もが素晴らしく良い男っぷりというか、素敵な体型に変身するのである。スーツに合わせてスタイルが良くなるというような変化はマジックのようで、訊ねると皆が一様に「着やすい」「窮屈でない」と言う。確かに私が頼んだ二着のスーツもスカートも身体に沿ってウエストも絞られているが、動きや仕事を妨げるような窮屈さはまるでない。服が出来上がり、大きな鏡がある一室のロリスの前でフィッティングする時が期待と緊張が入り混じる頂点だった。ロリスの満足気な表情は、注文したむしろ私の方を安堵させた。映画の中でダニエル扮する主人公レイノルズが上客ヘンリエッタにドレスを納品し彼女のフィッティングを満足そうに眺めるシーンがある。この一瞬は、作り手と受け手の双方にとって特別な時間である。ステファノ、レオナルドと私はお揃いのコートを作ってもらった。カゼンティーノと呼ばれる狩りに出掛ける時に着込むトスカーナ地方の伝統的なコートだと教えてもらった。秋が深まるトスカーナの森は紅葉に色づく。鳥獣を追うために獣道の枝をかき分け進む時、コートに枝を引っ掛けてもその傷が目立たないナッピングウール。表地の色は紅葉のオレンジ、裏地は鮮やかな草色の緑。街では目を引くこの艶やかな組み合せの色が、トスカーナの秋の森ではカメレオンのように身を隠してしまうのだと言う。ステファノと私はオリジナルと全く同じ配色。レオナルドは確か焦げ茶と紫だったろうか。はっきりしない。しかし彼らしい都会的な色の組み合せだったことは確かだ。
なによりダニエルのスーツが際物だった。世の中で彼以外の誰も着こなすことはできないだろうと思われるジャケット、ヴェスト、パンツは、ヴィンテージツイール、ハウンドツースのチェック柄、深緑、黄、茶、オレンジだったと思う。長躯で彼の振る舞いと身のこなしでなければシックにはなり得ないと思われる、ある意味派手でギリギリのところでかっこいい一着だった。
しかし新前の靴職人としてのダニエルは全く別人。おそらくいつもの格好で彼が街を歩いていても、パパラッチですら目当てのハリウッド俳優だと見抜くことはできなかっただろう。
洗いざらしでしわくちゃの白いコットンシャツは穴がいくつも空いている。ひもで結わかれたパンツの丈は短すぎて脛が見えている。裸足にサンダル。「職人になりすぎ」と笑うと「普段通りだ」とどこまで本当でかりそめか、本物のActor相手では判断つかない。それでも彼が、「靴職人」をスタートさせたのだと誰もが実感する身なりだった。

「普段からこんな感じ」とダニエルは言ったけれど、はじまりとしてのActionが彼の身なりに現われていた。
作業中のダニエルと私にステファノが教えてくれたことがある。
「Anima(魂)は目には見えないものだが、人のエモーションを司る最も大切なもの。靴も同様。目に触れることはないけれど、これが靴の履き心地を左右する最も大切なもの。ハンドメイドの靴以外ほとんどAnimaは使われない。」
私は彼の言葉をノートに書き留めた。靴には歩き込んでもその形態を維持するためにシャンクと呼ばれる芯地がインソールに入っている。工場で作られるイギリス靴の多くはメタルが使用されるが、ハンドメイドのほとんどが木、場合によっては皮等が素材として選ばれる。さらにそのシャンクの上に非常に薄い皮をはり平らにする。この薄い皮(Cuoio)がAnima(魂)と呼ばれる。私は当時のノートをめくりながら、アレーントの「人間の条件(The Human Condition)」を重ねている。他と自分を区別するもの、つまり差異性が人の唯一性をたらしめるのだと言う。違いが揺らぎ始めると、他人と自分の境も不安定になるのだろうか。Animaを持たない靴が形を崩して行くように、靴のコンディションを保つために必要不可欠なのがAnimaなのだろう。
「ファントム・スレッド」のダニエル演じる主人公レイノルズは母がいつも側にいられるようにと、彼女の髪の毛を芯地に縫い入れているとアルマに告げる。キャンバスといっていたので麻地に縫い込んでいるのだろう。ダニエルがステファノから聞いたあのAnimaの話を思い出さずにはいられなかった。Animaに使用されるCuoioは、Pelleと呼ばれる鞣された皮革ではなく、それ以前の素地である。カーフのようにみずみずしく若い良質なPelleに比べ、Cuoioは年老いた動物の皮が多く使われる。人毛もCuoio同様に通気には優れているだろう。そして何よりこれが「魂」を指す言葉であったことに、象徴される意味があったのではないか。

Actor, Daniel・Day-Lewisは「ファントム・スレッド」で彼が過ごした時間の数々を繋ぎあわせActionにかえているのではないだろうか。

ダニエルを側で見ていた私が「俳優やめて靴職人になれば」と言った時、彼は応えた。「そうしたくても、そういうわけにはいかない。Agentとの契約があるんだ」と。「あと何年?」「20年くらい」その時感じた途方もない時のながさ20年は、既に経過した。そしてこの20年のあいだに、ステファノはこちらの世界にはいなくなり、ロリスの年配のお針子さんたちも仕事から遠のき、私たちを迎えてくれたロリスの部屋とS.Frediano通りにあったステファノの店の扉は閉ざされた。

活動アクションという言葉を表わすのにその元となったギリシア語はまったく異なる、しかし相互に関連する動詞を持っているということである。ひとつはarchein(「始める」、「導く」、「支配する」)で、もうひとつはprattein(「通り抜ける」、「達成する」、「終わる」)である。

「活動というのは二つの部分に分かれているように思われる。すなわち、第一が、一人の人物が行う「始まり」であり、第二が人びとが大勢加わって、ある企てを「担い」、「終わらせ」、見通して、その企てを達成する過程である。」

ハンナ・アーレント「人間の条件」


そしてダニエルは「ファントム・スレッド」(幻の糸)を最後に俳優業を終わらせた。_MG_7753small.jpg

関連ブログ:
Actor, Daniel・Day-Lewis に PHANTOM THREADに寄せて 前編
参照文献:
「人間の条件」ハンナ・アーレント ちくま学芸文庫
「ハンナ・アーレント『人間の条件』入門講義」仲正昌樹 作品社

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