前回に引き続き、アルファベット使用の問題について述べていきたい。
紀元前1500年頃、楔形文字を基礎にしてフェニキアで発明されたとされる原アルファベットは、30程度の記号によって構成される表音文字であった。原アルファベットには、母音がなかった。前8世紀にギリシア人が、母音を持った最初の完全なアルファベットを完成させた。前403年に公式にアテネで採用された24文字のイオニア式は、現代のアルファベットの原型となった。
アルファベットは、その簡便さ故、誰でもすぐ覚えられ、外国語も表記できる優れた書記のシステムであった。
例えば、書かれた文字で書き留められる歴史を作り出した原初の文字を考えてみよう。まずメソポタミアに住んでいた北部アッカド人・南部シュメール人が楔形文字を発明した。最古のウルク書版(BC4000年頃)は、大神殿跡から見つかった。そこに書き付けられた内容は穀物や家畜などの数であり、一種の会計簿であった。またラガシュの粘土板には、神殿の宗教共同体が、18人のパン屋、31人のビール職人、7人の奴隷、1人の鍛冶屋を雇っていたことを書き付けていた。シュメール語の楔形文字は、簡略化されても600字から1000字あり、支配階級の子弟の間で教育された。楔形文字がそれ以上簡略化されなかったのは、簡略化によって、書記の権力が失われることを恐れたからだという説もある。
また、われわれが親しんでいる漢字は、BC1500年頃に発明されたといわれる。その神話的起源は、中華の礎を築いたとされる黄帝がBC26世紀頃に天体や自然の様々な現象を観察している内に漢字を発明したとされる。その真偽は定かではないが、考古学的調査によって、最初期の漢字は、皇帝が占いで用いた呪術的なメディアであったことははっきりしている。
例えば、白川静(1910-2006)は、「道」という文字が、異族の人の首を手に持って、その呪力で邪霊を払い清められた通りを意味しているという。白川は、道を進むことが「導」という文字となったという。やがて世俗化していった漢字は、古代の官僚制を可能とし、その担い手となった士大夫階級の支配を確固たるものとした。
漢字は、甲骨文字で約3600字、金文で約3600字、1716年に完成した『康煕辞典』では約47000字、現代の『漢語大詞典』では約60000字に至る。わたしたちも初等教育から大学受験にいたるまで多くの漢字を学んできた。漢字は、常用のものであっても訓練に勤しまなければ、使いこなすことはできない代物である。古代エジプトの神聖文字もまた、文字の使用を独占する祭司階級の権力の手段として利用された。
支配階級にとって権力を確保するための手段であった習熟することが困難な文字と異なり、アルファべットは、極めて簡便である。
マーシャル・マクルーハンによれば、アルファベットは、「視覚」の機能を強化し拡張する。それは、人の「聴覚経験」と「視覚経験」を切り離すことで、「視覚空間」を成立させる。アルファベットは、いわばその使用者に「耳」の代わりに「目」を与える。
マクルーハンによれば、アルファベットの特徴は、「均質性」「画一性」「反復性」にある。これらは文字そのものの特徴であると思われるが、人々に共有され使用される文字は、質的に多様な自然では存在しえない「均質性」「画一性」「反復性」を特徴とする。すなわち誰が書き付けようと、書き付けられた文字が機能するかぎり、均質的で画一的である。それ故、文字は反復しての使用が可能となる。
またアルファベットは、左から右へと流れるリニアな「線形性」を特徴としている。この線形性は、現実の多様な質的自然には存在し得なかった過去から未来へと一方向的に流れさる時間的契機を生む。マクルーハンは、それゆえアルファベットは、科学的思考の基盤となる「因果性」の観念を生んだという。質的に多様な自然から切り離された"視覚空間"の特徴をなす、「均質性」「画一性」「反復性」「因果性」は、アルファベットという文字使用の効果である。
さらに文字は、思考過程の個人化を促す。本来的に"声"をメディアにしたコミュニケーションは、他者との発話行為の連鎖として生成する。書かれた文字は、他者との発話行為から"思考"を分離させ、その持続性によって、人々の概念的思考を強化することになる。しかもアルファベットは、簡便なるが故に、多くの人々が容易に習熟し使用することができた。アルファベットは、無数の人々を非反省的な"声"の文化から人々を切り離すことによって、孤立した自己反省的な個人を誕生させることになった。
このような特徴を持つ簡便なアルファベットは、"声"で結びついた部族社会を切り崩し、それまでの非対称的知に基づく階級的支配を知的な平準化作用によって解体する。簡便なアルファベットは、古代の地中海世界を革新した民主主主義的なメディアであったのだ。
エリック・J・ハヴロックが指摘するように、文字が発明される以前の古代ギリシアでは、口承文化を基礎にしていた。その口承文化を担った中心的な人々は、"パイデイア(教育者)"といわれた吟遊詩人たちであった。彼らは民族が継承してきた神話や規範を伝える教育者でもあった。
すぐに掻き消える"声"を、記憶によって保持することは困難である。吟遊詩人たちは、民族の神話や伝統を保存した定型化した韻律を伴った詩句を用いて、祝祭などの機会に人々の前で舞い踊った。
定型化した詩句を用いた吟遊詩人の歌や舞踏は、古代ギリシアだけでなく、"声"をメディアにした無文字社会における普遍的な記憶術であった。
古代ギリシアの吟遊詩人達の舞台は、現代のアイドルやロックミュージシャンのコンサートに近いものであったろう。古代ギリシアの人々もまた、みずから進んで吟遊詩人たちを模倣することで、共同体を再生産させた。
アルファベットを紐帯とした新たなメディア環境を背景として、ソフィストや哲学者と呼ばれる人々があらわれてくる。中でもソクラテスの対話術は、それまでの吟遊詩人による声と身体をメディアにした口踊による集団的教育に代えて、概念を用いて自己の思惟を反省的に働かせることを説くものであった。
プラトンのイデア論もまた、人びとをアルファベットという文字によって可能となった計算的・概念的思惟へと導いた。プラトンは、詩人たちによるミメーシス(模倣)的循環によって再生産される共同体に代えて、反省的思惟と概念を司る哲人によって統治される哲人政治を説いた。
諸感覚がもたらす虚偽を計算と思考によって吟味し、真理に基づいた生活を行うべきであるとプラトンはいう。そのような反省的・概念的な統治がなされる都市国家に、人々を忘我的な陶酔の内に結びつけるミメーシス的能力に秀でた詩人は、邪魔者でしかなかった。プラトンの哲人政治の理想に見られるように、アルファベットは「その使用者をこだまする言葉の魔術的陶酔と親族の網目から解き放つ」新たなメディアであった。
ところが簡便なアルファベットは、プラトンに哲人政治を着想させただけでなく、その構想を瓦解させるメディアでもあった。というのもアルファベットは「ある距離を置いて軍を統率する力」でもあったのだ。
容易に使いこなせるアルファベットが、運搬が容易であるパピルスと結びつく。メソポタミアで用いられた文字を書き写すメディアである粘土板は、日干したり、焼いて固めれば何千年でも保存できるが、かさばって重く携帯に不向きである。他方のパピルスは、加工に手間とコストがかかるが、軽量で携帯することに向いている。
アルファベットが書き付けられたパピルスは、軍人たち間の"テレ(遠隔の)・コミュニケーション"を確実なものとするとともに、その速度を飛躍的に高めることで、指揮命令系統が整った高速で強力な軍隊を編成することを可能にしたのだ。
その結果、「ある距離を置いて軍を統率する力」でもあるアルファベットは、難解な文字を占有していた神官や僧侶階級の官僚政治から権力の中枢を軍人官僚制へと移行させる。アルファベットを用いた軍人官僚制は、都市国家を超えた未曾有の巨大帝国を出現させることになったのだ。
栄華を誇った古代ギリシアの諸都市は、"バルバロイ(奇妙な言葉を話す蛮族)"とされていた北方にあるマケドニアのアレクサンドロス大王の支配下に置かれた。
アレクサンドロスは、古代のメディア革命によって生み出された強力な軍隊を用いて、東地中海からインダス川におよぶ未曾有の世界帝国を打ち立てた。若きアレクサンドロス大王の家庭教師こそが、プラトンの弟子である偉大な哲人アリストテレスにほかならない。アルファベットは、プラトンの哲人政治という夢想を速やかに打ち砕いた。
エリック・ハヴロック『プラトン序説』村岡晋一訳、新書館、1997年。
マーシャル・マクルーハン『グーテンベルクの銀河系――活字人間の形成』森常治訳、みすず書房、 1986年。
同『メディア論――人間の拡張の諸相』栗原裕・河本仲聖訳、みすず書房、1987年。
周藤芳幸『古代ギリシア----地中海への展開』京都大学学術出版会、 2006年。