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第15回 『ももクロ論』社会脳、ミラーニューロンなどについての注、補  菩提寺伸人

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ももクロ論本文中にある社会脳、ミラーニューロンなどについての注釈、補足として以下をまとめました。

1990年にBrothersは社会脳という言葉をもちいた論文を発表した。霊長類の高度で複雑な社会行動には、他者の意図、意向を行動から推測する社会的認知能力(心の理論)が関わっており、Brothersはその社会性に関連する主要な脳領域として扁桃体、前頭葉眼窩部、側頭葉の3つをあげた。また社会認知に関わる脳領域を研究することは、(例えば視覚に関わる脳領域を研究してきたように)ヒトをはじめとした脳機能の理解を進めていくうえで有効なアプローチになるのではないかと提案した。
その後の脳損傷研究や非侵襲的脳機能画像研究などの知見から、情動、感情に関係する扁桃体、意思決定、人格や倫理的判断に関係する前頭葉眼窩部を含む上記の脳領域が社会的な情報処理にとって重要な領域であることがよりはっきりとわかってきた。

1998年にDunbarは霊長類の種間で脳全体と大脳新皮質の割合を比較し、大脳新皮質の割合(≒脳の大きさ)と相関したのは集団グループの大きさという社会的要因であり、生態的要因ではなかったと述べた。その結果から霊長類の脳は社会的環境、集団生活にうまく適応できるように進化してきたという社会脳仮説(=マキャベリ的知能仮説)を提唱した。
後にDunbarは霊長類以外のグループについても脳の大きさと社会的環境を調べたが、今度は脳の大きさと集団の大きさに相関はみられず、これらの種の脳の大きさに関係したのは、決まったパートナーとつがいになる種は決まったパートナーとつがいにならない種よりも脳が大きいということであった。

1996年にRizzolattiらはマカクザルの運動前野F5で、他者の目標指向的動作の観察、知覚運動刺激の模倣を行った時に反応するニューロン(=ミラーニューロン)を発見したと発表した。元々ミラーニューロンは運動制御のシステムの中で見出されたニューロンであり、心の理論や共感などに関与しているかどうかは、はっきりしておらず社会的認知能力と安易に、必要以上に結びつけることについては未だに批判がある。
そのうえで、特にヒトにおいてのミラーニューロンシステムは情動、意志決定、言語などのシステムとネットワークを形成して社会認知を支えているのではないかと言われ注目されている。

 オキシトシンは古いペプチドであり内分泌物質として子宮収縮、乳汁分泌に関わることはよく知られているが、視床下部の室傍核に分布するオキシトシン産生細胞は下垂体からオキシトシンを血中に放出するだけでなく、脳内の各領域に軸索を投射させ、側座核など報酬に関わる領域、性行動を調節する領域、育児行動を調節する領域に作用させる。行動におけるオキシトシンの役割はその量だけでなく、特定の脳領域の受容体密度にも依存する。ラットでは子をなめたり、子の毛づくろいをする(グルーミング)頻度の多いメスの方が、そうでないメスよりもオキシトシン受容体の密度が高い。また妊娠後期のラットでオキシトシンは(扁桃体を介して)抗不安作用を持つことが報告されている。
多くの哺乳類は乱交雑か季節的な交尾を行っているが、平原ハタネズミには強い夫婦選考(決まったパートナーとつがいでいる)がみられる。オスの平原ハタネズミはメスと巣を守り、子の世話をするなどヒトに近い家族形態をとる。一方同じ種である山岳ハタネズミには夫婦選考はなくメスだけが子育てをする。しかもそれは平原ハタネズミと比べ短期間であるという。平原ハタネズミと山岳ハタネズミの神経生物学的な違いとして、オキシトシンとバソプレッシンの受容体密度の差が言われている。平原ハタネズミおいてはオキシトシン受容体は線条体側座核に多いが、山岳ハタネズミではオキシトシン受容体は側座核にはほとんどみいだすことはできず、バソプレッシン受容体が側中隔に多くみられる。また実験的にオキシトシン受容体(メス)とバソプレッシン受容体(オス)を阻害された平原ハタネズミは最初の交尾の後、絆を保持する時間が減少し、その典型的な社会的行動を示さなかったという。
さらに分子生物学、遺伝学的手法によっても以下の知見がある。オキシトシン合成酵素の遺伝子をノックアウトしたマウスの行動においてパートナーを認識、記憶する能力の低下が生じたことが報告されている。山岳ハタネズミのバソプレッシンのある受容体遺伝子のマイクロサテライトは平原ハタネズミと比べ短かった。オスの平原ハタネズミのなかで子の世話を良くするものと比較して、しないもののマイクロサテライトは短く、その短いマイクロサテライトを長いマイクロサテライトと取りかえることにより子の世話を良くするようになったという報告もある。

社会神経科学、社会脳研究の裾野は広がりをみせ、全体像を把握するのは困難になりつつある。さらに学際的な学問であるため分子生物学、社会学、経済学、哲学など様々な背景を持つ研究者が同じ「社会脳」という言葉を使うことにより、社会脳という言葉の指す意味も少しずつ拡散しているように思われると千住はいう。しかし、これら様々な定義のうちどれが正しいのかという議論はあまり意味がなく、むしろ「社会脳」という用語を示すことにより、脳科学者の目を社会行動に向けさせようしたスローガンのようなものであったとも述べている。

近年、社会脳とも関連するところとしてブレイン・マシン・インターフェース(BMI)が注目されている。これについて川人、佐倉は以下のように述べている。「脳と情報通信機器を直接に接続する技術」とも言え、「脳が変わる以上に劇的な脳の変化が起きる可能性があり、また脳深部刺激などの電気刺激は、薬と違って脳の特定の部位にだけ影響を与えるのだから安全であるという見方もある一方で、何千年の歴史をもつ薬と違ってどんな長期的影響が現れるか予想しがたいともいえます。」「革新的な技術は光の部分が強ければ強いほど、陰も暗くなるといわれます。BMIもまさにそのような例」「BMIの研究開発では、同時に倫理的、社会的問題の考察も進めていく必要性があります。」

このBCI、BMI含め社会脳研究は、フマニタスを礎に理系、人文系を問わず、すべての学問の学際として今後さらに発展して行くのではなかろうか。

参考文献
Brothers   The social brain: A project for integrating primate behavior and neurophysiology in a new domain. Concepts in Neuroscience (1990)
Dunbar   The social brain hypothesis. Evolutionary Anthropology (1998)
Dunbar & Shultz   Evolution in the Social Brain. Science (2007)
川人、佐倉 BMI倫理4原則の提案 現代化学 2010年6月 
苧阪編 社会脳シリーズ2 道徳の神経哲学 神経倫理からみた社会意識の形成 新曜社
川人、他 脳と社会 誤解を解き未来を読む  neobook 化学同人
千住 社会脳の発達 東京大学出版会
関、長谷川編 ソーシャルブレインズ 東京大学出版会
子安、大平編 ミラーニューロンと〈心の理論〉新曜社
ダマシオ デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 ちくま学芸文庫

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  2. SAD 社会不安障害・社交不安障害
  3. IBS 過敏性腸症候群
  4. パニック障害